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サムオブ井戸端話 #091「映画『犬王』から考える古川日出男の「物語と信仰」のイズム」(前編)

SOMEOFTHEMのメンバーであるカンノアキオ、YOU-SUCKで音楽にまつわる井戸端話の文字起こしを毎週アップします。

 

2022年夏頃に公開された映画『犬王』について語りたいYOU-SUCKメンバー。能楽師の犬王と琵琶法師の友魚にまつわるロックミュージカル映画から、原作者である古川日出男のフィクションによる強迫観念に駆られた人を描くことついて語りました。

 

 

YOU:『犬王』という映画があります。

カンノ:僕は見れてないんですよね。

YOU:2022年の夏頃に公開されたアニメ映画です。原作は古川日出男の『平家物語 犬王の巻』という2017年に刊行された小説です。

YOU:ストーリーをざっと言うと、「実在する(と言われている)能楽師の犬王と、架空の琵琶法師の友魚(ともな)が、踊りと音楽で人々を魅了していき、そのときの権力者の足利将軍家にまでその評判が伝わっていく……」というものです。犬王は能を大成させた観阿弥と同時期に活躍していたらしい。で、ここからはフィクションで、犬王は見た目が異形の者として生まれてくるの。顔は人間じゃないし、身体から鱗が出てるし、手足は不自然に長い。おそらく手塚治虫の『どろろ』の主人公のひとり、百鬼丸から着想を得ていると思われる。

カンノ:実在の人物だけどフィクションを加えて描いてるのね。

YOU:そうそう。で、『どろろ』の百鬼丸の場合は妖を倒す度に人間の身体を取り戻していくのだけど、犬王は快心の踊りを披露したら綺麗な身体になっていく。

カンノ:それは「人間」になっていくということ?

YOU:そうそう。で、もうひとりの主人公の友魚は壇ノ浦の漁師の家に生まれた設定なんだけど、平家が沈んだときに一緒に海に沈んだ天皇三種の神器である草薙剣(くさなぎのつるぎ)を拾ったら平家に呪いを受けて、父親は死んで友魚自身は失明しちゃったんですよ。その呪われた2人が京都で出会って、意気投合してスターになっていくという設定がフィクションとして味付けされているんです。大まかなお話はそんな感じ。で、これはミュージカル映画なんだよね。犬王も友魚も劇中でめちゃくちゃ歌うんですよ。その主人公・犬王の声優は女王蜂のアヴちゃん。そして友魚は森山未來なの。

YOU:しかもふたりが歌うバックのオケは琵琶だけじゃなくて、ギターが鳴っていたりドラムが鳴っていたりして。もう完全にロックコンサートをイメージした描写なんですよ。犬王はどんな曲や踊りを踊っていたのかは記録に残っていないのだけど、本当に当時の京都ですごく人気があったらしいの。犬王の人気ぶりは映画でも描写されてるけど、犬王の踊り見たさに屋根に登ってた人も居たという記録が残っているようです。

カンノ:当時の音楽ナタリーに書いてあったんですね。

YOU:その当時、音楽ナタリーが存在したら間違いなく取り上げられていたね(笑)

カンノ:ステージナタリーと別記事で書いてあった可能性もある(笑)

YOU:そういう想像の余地があるところに古川日出男は目をつけて、琵琶法師と組ませて都を席巻していくという話を作り、映画はロックコンサートのイメージを重ね合わせられているの。演奏は橋とか河原で行われるんだけど、アンプもなにもない時代なのに人が集まりすぎて「ウッドストックかよ?」くらいの描写なんだけど。その音楽を手掛けているのは『あまちゃん』の音楽を担当していた大友良英。俺にとってはノイズの人なんだけど。

YOU:で、個人的にすごかったのはアヴちゃんの歌のうまさ。これってミュージカル映画だから、歌詞で話をわからせなきゃいけなくて。で、どうしても日本語って音に詰められる意味が少ないから、ちょっと冗長になりがちだったんだよね。でもその冗長さをカバーできるくらい、アヴちゃんの歌がすごくてビックリした。アヴちゃんの歌声だけでアニメ版の『ボヘミアン・ラプソディ』みたいになってた。

YOU:映画はアヴちゃんの歌だけで一見の価値はあると思います。で、俺が語りたいのはここからで、古川日出男の物語が映像化されていたのがすごいなと思って。

カンノ:僕も見ていない段階で喋るのはあれなんだけど、たしかに古川日出男の小説における独特の文体が映像化されるのは全然想像つかないよね。

YOU:映像化ってほぼ不可能に思える。古川日出男は日本の小説家では珍しく、めちゃくちゃミュージシャンやダンサーと朗読ギグをやる人で。

YOU:そういう肉体的な面がある人だから、それが逆に邪魔する感じはあるよね。

カンノ:古川日出男ってほかの人と交換不可能感があるから、別の媒体の作品にすることが難しそうって思っちゃう。

YOU:ただ『平家物語 犬王の巻』に関してはほかの古川日出男作品に比べてすごく短いのよ。あの人って大長編が多いから。

カンノ:文庫で上下巻とか多いもんね。

YOU:そうそう。そんな長編が多い人からしたら、すごく短い小説なの。あと筋書きも比較的はっきりしてるから、映画化するならこの作品だろうなって感じ。でね、古川日出男の物語の大きな特徴として、何かの強迫観念にとらわれた人が描かれることが多い。たとえばカンノも『ベルカ、吠えないのか?』を読んだことあると思うけど、あれも登場する犬がなにかの強迫観念に駆られてるかのごとく動かされていくじゃん。

カンノ:う~ん、もうちょい説明がほしいかな。

YOU:『犬王』の話でいうと、その強迫観念をもたらすモノとして『平家物語』がある。『犬王』の劇中歌は『平家物語』に題を取ったものなの。

YOU:つまり、平家が滅んだあとに『平家物語』を琵琶法師が語り継いでいる世界を舞台にしていて、映画では『平家物語』を琵琶法師がロックサウンドに乗せて語っている。さっき犬王が踊るたびに呪いが解かれていく話をしたけど、それは『平家物語』の物語の力が踊りによって顕在化して、呪いを解く力になるっていうこと。で、友魚のほうも、自分がどうして失明したのかの原因を探るため、未だ物語として編纂されていない『平家物語』の断片を集めて語っていかなければならないという強迫観念に駆られている。つまり、『平家物語』を媒介に自身と平家の亡霊が癒されていくというサブストーリーがある。

カンノ:癒されていくというのは、つまり成仏みたいなこと?

YOU:そうそう、成仏していくこと。そういう意味で『平家物語』は人々を突き動かす力を持つモノとして描かれている。で、犬王と友魚がロックとして演じなおす新しい『平家物語』は人々を惹きつける力を持つゆえ、時の権力者の足利家に疎まれることになるんだよね。「力のある『平家物語』は将軍家が認める一つだけでいい。いろんな話が存在しちゃうとオルタナティブが出てきて、自分たちを脅かすのではないか」と思って、最終的に友魚も首を斬られて死んじゃうんです。それは新しくてオルタナティブな力を持つ『平家物語』を語っているから。友魚はフィクションの強迫観念にとらわれたゆえに殺される人と言えるの。そういうことを古川日出男は小説のなかで絶対に書くんですよ。

カンノ:つまり、『平家物語』というフィクションにとらわれた存在が友魚だし足利将軍っていうことだね。

YOU:そうそう。『平家物語』という力を信じた友魚がそれによって人々に影響を与えていたっていうことで、逆に怯えていたのが足利将軍ということだね。で、古川日出男はほかの小説でもそういう話が多くて、たとえば『アラビアの夜の種族』という小説があるんだけど。

YOU:これは『千一夜物語』ってあるじゃないですか。いわゆる『アラビアンナイト』ね。このお話の力を使ってナポレオンを倒そうとするエジプトの王朝の話なんですよ。あとデビュー作が『13』という小説なんだけど。

YOU:この小説には黒人の少数民族の少女が”13”と呼ばれる白人のキリスト教徒の傭兵から聖書の物語をインプットされて、それを誦んじるようになって聖人扱いされていくという話があるの。これも聖書というフィクションによって人が変容していく話。『犬王』というアニメーション映画はこういった古川日出男イズムをちゃんと映像化していたと思うんだよね。

カンノ:古川日出男イズムってつまり「物語と信仰」なんだろうね。

YOU:まさにそうだと思う。

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