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サムオブ井戸端話 #104『「推し」から考えるマイルドな言葉の功罪』(前編)

SOMEOFTHEMのメンバーであるカンノアキオ、YOU-SUCKで音楽にまつわる井戸端話の文字起こしを毎週アップします。

 

「推し」という言葉が嫌いなYOU-SUCKメンバー。嫌いゆえにいろいろ調べようと思い「推し」にまつわる3冊の本を読んで、「推し」に支えられることや侵食されることについて語りました。

 

 

YOU:このブログでは散々語っていますが、俺は「推し」という言葉が苦手です。で、どうしてこんなにこの言葉が気になるのかと思って、逆にいろいろ調べているんです。

カンノ:「むしろ好きなんじゃないか?」くらいの勢いだね(笑)

YOU:まず、「推し」という言葉が嫌いなのは明確で、自分や家族とか近い存在を大切にするんじゃなくて、遠い赤の他人に対して現を抜かしてお金を使う行為を「推し」と正統化してやってるのは「どうなんだ?」という。こういうおっさんみたいな説教臭い理由で嫌いなんだけど(笑)

カンノ:「推し」という言葉に保守的(笑)

YOU:「ファン」とか「オタク」じゃダメなのか?

カンノ:「オタク」だって新しい言葉なわけだからね。もともと「おたく」という揶揄の言葉だったわけだし。

YOU:それが世間一般に認知されたわけだからね。それで「推し」というのも100円ショップに「推し活コーナー」とかあるからね。

カンノ:100円ショップにあるのはすごいね。

YOU:「推し事」っていう言葉も生まれてるくらいだから。で、この嫌いな言葉にまつわる本を3冊読んだんですよ。1冊目は宇佐見りんの『推し、燃ゆ』です。芥川賞受賞作ですね。

YOU:この小説は「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」という一文から始まるんだけど、主人公は男性アイドルを推している女子高生。おそらく学習障害とかの診断がつく人で、勉強とかものを覚えることが苦手。そのことで家族からも辛く当たられていて、あんまり優しくされていない。でも推しのことだけは徹底的に調べて、ブログで長文を書いたりもする。アルバイトで稼いだお金もすべて推しに使ってしまう。公演を見に行ったり、チャットで課金したりとか。でもその推しがファンを殴っちゃったから人気がなくなって転落していくんです。それに応じて彼女の調子も悪くなっていく話なんです。でね、この本で推しのことを背骨に例えているんですよ。背骨って生きるために絶対に必要なものじゃん。

カンノ:脊髄が通って、上半身を支えて。

YOU:そういうこと。背骨がなきゃ私たちは生きていけないんです。それが「推し」なの。もうファンとかオタクの領域じゃないんだよね。ポイントはこの主人公は周りに愛されていないが、推しを愛している。で、推しを愛することが背骨となった。そういうことを評論的に論じるかたちじゃなくて、小説のかたちで表している。推しをすることのやるせなさと良さを全部ブチ込んである青春文学と言っていい作品なんです。

カンノ:なるほど。

YOU:2冊目は鳥羽和久さんの『「推し」の文化論 BTSから世界とつながる』という本です。

カンノ:鳥羽さんの著書はこのサムオブでも話したことがありましたね。

YOU:鳥羽さんは塾の経営者で、文学精神分析が専門の人なんだけど、BTSが好きでTwitterやweb媒体でも書いていて、それをもとに一冊の本にしたものです。これは見た目はライトなファンブックなんですよ。しかも横文字なの。

カンノ:へぇ~!

YOU:レイアウト的にネットで読む記事っぽいの。

カンノ:そういう演出だ。

YOU:そう。でね、BTSのファンって「ARMY(アーミー)」って呼ばれているんだけど、BTSとARMYの関係性に着目した批評本になってるの。で、ライトなファンブックのフリをして批評がガチなのよ。語り口はマイルドなんだけど、分析していることはガチ。たとえば國分功一郎と千葉雅也の対談本『言語が消滅する前に』の一節を引用していたり、ラッパーのNasのリリックとBTSのリリックを比較したりとか、そういう分析がいっぱいある。

YOU:そういう分析をとおして思ったのは、もともとBTSって防弾少年団という名前で、若者が大人の悪意に晒されるなかで「若者側に立つ」という明確なコンセプトがあるんですよ。で、それを担うBTSのメンバーたちがクレバー。ニーチェの引用とかが歌詞であるらしい。

カンノ:作詞は本人たち?

YOU:作詞だけじゃなくて作曲にも関わっている。そういうことを全然知らなかった。顔も美しいし曲も作れるしラップもできるしダンスもできる。で、彼らからはポジティブな発言がすごいたくさんあるんだよね。「自分を愛するために僕を使って」という言葉があるんですよ。これはライブMCで言ってたんだけど。ようするに、BTSを推すことをとおして「自分を愛してください」と。で、「僕らはARMYからすごい力をもらいました。ありがとう。君たちも僕たちと同じように救われてください」的なことを言ってるんですよ。これはすごいポジティブというか、推しのすごく良い面だと思ったの。鳥羽さんは「空を見て誰かとつながっている感覚が推しを推すことに近い」と言ってるんです。

カンノ:う~ん、推し保守おじさんからすると、なんだか全体的に危ない匂いが漂ってる気がするけど…(苦笑)

YOU:もちろんこれは良い面としてで、当然「推し」というものへの危ない面も鳥羽さんは語っていて。それは「推しをコントロールすることができる」ということで。たとえばBTSを推している人が、その発言が気に入らなくて、「こういう人たちだと思わなかったです、もう推すのはやめます」みたいなことを平気で言えるんですよ。

カンノ:そんなの余裕だよね。強い言葉の世論一強だもんね。そういう言葉ばっかじゃん、今のSNSって。

YOU:完璧な人間じゃないといけないことになったよね。

カンノ:話がちょっと変わるけど、オリンピック開会式の小山田圭吾小林賢太郎の一件ってそういうことだったと思うの。誰かが「いじめ問題」についてTwitterで言及して、誰かが「ホロコースト」について言及してから広がったじゃん。それの良し悪しは置いといて、一つの強い言葉で火がついたら広がっちゃうんだよね。

YOU:それが「推し」という言葉の裏側の部分だと思う。さっきの「誰かを愛することをとおして自分を愛してください」というのはポジティブなメッセージだとしたら、逆に完璧さを求めてしまうことが裏につながってしまうなと。

カンノ:なるほどね。

YOU:3冊目が個人的に一番強烈で、佐々木チワワさんの『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』という本です。

https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594090265

YOU:佐々木チワワさんは慶応義塾大学に在学中でこの新書を出してるんだけど、15歳くらいからホスト通いをしたり歌舞伎町を歩いたりして、それを学問的に分析する本なの。以前ここでトー横キッズの話したじゃん。

YOU:それ以来あの文化について気になってて、それで読んだの。ようは歌舞伎町界隈、トー横キッズ、ぴえん系女子、地雷系女子と呼ばれるような男の子たちや女の子たちのことを書いていて。でね、今はホストとかメンズ地下アイドル、男の子が接客するパターンのコンカフェとかに貢ぐことも「推し活」って言ったりするらしいんですよ。

カンノ:なるほど。

YOU:本来はホストに貢ぐ行為と、ファンがライブに行ってグッズを買う行為って結びつかないじゃん。全然違うじゃん。

カンノ:ごめん、もはやホストに貢ぐ行為、ファンがグッズを買う行為、チャットで課金する行為が僕はどこか全部一緒くたに思っちゃってるかも。

YOU:なるほどね。俺はこの『ぴえんという病』という本を読んで思ったのは、「推し」という言葉の軽さなの。家に居場所がない子とかが推しを見つけて、そこに貢ぐことで生きる理由になってしまったというか。貢ぐために自分の身体を売ったりして、そこで稼いだ金を全部ホテルや推しに使ったり。コンカフェって年齢確認が甘いから10代も入れたりして、そこで推しに対してドンペリとか入れたりするんだって、10代の女の子が。「おかしいじゃん」と思うんだけど、彼女たちにとってもそれが切実だったりするから。この本で出てくる強烈な一節として「推しに貢げない私に生きる価値はない」と言ってる女の子がいて。それってさっき言った「推しは背骨」と同じじゃん。まだアイドルに対してSNSで文句を言うとかならかわいいもので、その思考法で極端になっちゃうとこういうことになるんだなと思ったんだよね。

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