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サムオブ井戸端話 #125『ジャンルにおける価値固定と価値転倒』(その①)

SOMEOFTHEMのメンバーであるカンノアキオ、YOU-SUCKで音楽にまつわる井戸端話の文字起こしを毎週アップします。

 

カンノメンバーが送った三遊亭青森の落語のまくらの音源を聞いて「サンボマスターのMCみたいだった」とYOU-SUCKメンバー。そのジャンルにおいてセオリー通りの表現のものを「価値固定」、そのジャンルの根幹のなにかをひっくり返そうとする表現を「価値転倒」と呼び、音楽における「価値転倒」な表現のミュージシャンについて語りました。

 

 

カンノ:先日、落語家の三遊亭青森さんの公演を観に行ったんです。公演を観る前に『渋谷らくご』のポッドキャストで青森さんのまくらがアップされていたので、YOU-SUCKにも聞いてもらいました。どうでした?

YOU:サンボマスター山口隆のMCみたいなまくらでした(笑)

カンノ:アハハハハッ!

カンノ:完全にサンボマスター銀杏BOYZの熱量で落語やってるの(笑)

カンノ:客席を煽るまくらをやってんだよね。「僕とみなさんで一つになりたい」みたいなことを言ってるの。で、お笑いのセオリーで考えると「一つになってませんね」みたいな感じでスカして「アハハ」と一笑い入れてから本編に入ったりするじゃん。でも青森さんは「落語会に来たあなたたち、どう見ても一つになってますよ!」って言ったの(笑)

YOU:すごいよね(笑)

カンノ:感動の拍手なのかウケの拍手なのか戸惑いながらの拍手なのかさっぱりわからない(笑)あれはすごいおもしろかった。「こんなことアリなんだ」って思った。

YOU:俺は落語って演芸場でダラダラ聞くものだと思ってたの。ダラダラ聞きつつ、ちょっと有名だったり格が高い人のときは背筋伸ばすみたいな。そのどれでもない感じ。まさにロックバンドのライブを見てる気分になった。

カンノ:あれはロックバンドのライブで見るならいいんだよ。落語会なんだよ(笑)

YOU:だってあのあと、落語が始まるんでしょ?(笑)

カンノ:「粗忽長屋」が始まるんだよ(笑)で、そんなポッドキャストを聞きつつ、観に行った落語会では青森さんが芥川龍之介の「地獄変」を落語にした演目をやっていて。その語り方が悪魔的で。めちゃくちゃ怖い声のストーリーテラーが「地獄変」を語る作りになっていて、あれは喰らった。ヤバいものを見た。頭がクラクラした。「落語」という画角ではない、違うジャンルのものを観た気分。一人芝居とかに近いと思うんだけど。

YOU:そのポッドキャストでリスナーの感想メールをキュレーターのサンキュータツオさんが読んでるけど、それも音楽ライブを観に行って「マジで現場に行ってよかった!」みたいな感想メールだったじゃん。だから俺も生で観たらそう思うんだろうな。

カンノ:現場で観るとたまにそういうものと出会うんだよね。落語会に行ってめっちゃ笑おうと思っていたのに全然違う感想になるパターンってあるんだよね。いつの日だったか柳家喬太郎さんという、僕が落語を好きになったきっかけにもなった人が出る落語会があって。「おっ、喬太郎師匠だ。めっちゃ笑うぞ!」と意気込んで行ったら「心眼」という目が不自由になる男性の人情噺でゼロ笑い。で、超感動して泣いて帰るっていう。

YOU:アハハハハッ!

カンノ:でね、なにかを現場で観て帰るというのは、これが大事だと思うの。

YOU:当初思っていた目的とは全然違うものを持って帰るというね。

カンノ:またべつの落語家の話。立川吉笑さんという、今は二つ目で2025年に真打昇進予定の人がいるんだけど。この人は落語をすごくメタ的に捉えている人で、たとえば吉笑さんが2015年に出版した『現在落語論』という本があるんだけど。

カンノ:この本の「下半身の省略」のところに「落語家は正座することによって、舞台上で全力疾走を表現することができる。」「落語の場合は、正座した状態で腕を振ったり体を揺らすことですんなり全力疾走を表現することができるのだ。」と書いてあります。「落語は無限に表現できる」ことをロジカルに説明してくれてるの。で、この人の好きな噺で「明晰夢」というものがあって。作ったのはナツノカモさんという落語作家の方なんだけど。男二人が寄席に行くの。その道中でも会話したり、「寄席って何?」「落語って何?」「木戸銭って何?」みたいな話をしながらね。で、着いたら前座の落語家が出てきて開口一番を務めるんだけど、男二人が寄席に行く噺が始まるの(笑)「寄席って何?」「落語って何?」「木戸銭って何?」って言いながら。完全に入れ子構造。

YOU:メタい落語だね~。

カンノ:で、「俺たちは落語世界の住人で、サゲと呼ばれるオチ台詞を言ったらこの世界は消滅するんだ」っていう(笑)

YOU:もはやSFだよね(笑)

カンノ:だから、落語ロマンとはまた別のものだよね。もちろん古典落語としての良さとかはありつつ、それとはまったく別の視点でひねられるなにか。このひねりが芸になるというのが、三遊亭青森さんしかり、立川吉笑さんしかりっていうのは思ってること。

YOU:なるほど。ひねりね。

カンノ:それで思う、古典落語の世界というある種レガシー化してると思われる世界。閉鎖的、価値観の固定、徒弟制度…。そんなふうに思われるなかで「こんな芸があるんだ」という発見は、これから成長するジャンルとはまた別で、もう終わったと思われるジャンルのなかで発生することってあるよなと思うの。「このジャンルではこれが良しとされる」みたいなことを僕は「価値固定」と呼びたいと思ってるの。

YOU:価値固定ね。

カンノ:それとは逆に、固定された価値観をひっくり返したり、ひねったりするようなものを「価値転倒」と呼びたい。価値観の転倒。

YOU:「このジャンルにはこういうおもしろさがあります」という価値観の転倒。

カンノ:固定された価値観をフリとして捉える。そのロマンを求める人はそれでいいんだけど、「固定された価値観のこの部分をイジったらおもしろくなるんじゃないか?」という発想で芸事をする人もいて。

YOU:なるほどね。

カンノ:で、僕がクチロロが大好きな理由はそれなんだよ。

YOU:ここでクチロロが出てくるんだな(笑)

カンノ:ただのヒップホップユニットやポップスユニットではない突き詰め方を三浦康嗣という人は推し進めたと思うの。これも昔からよく話してることだけど、「GOLDEN KING」という曲はGメロ、Hメロくらいまで展開しているのに普通のポップスとして聴ける作りになっているのは、ある種の価値転倒だと思うの。

カンノ:いわゆるポップスっていうのは「Aメロ→Bメロ→サビ→Aメロ→Bメロ→サビ→Cメロ→大サビ」みたいな展開が雛型であって、それをどうひっくり返すか。もちろんこの雛型も単調だった歌謡曲展開へのカウンターだったんだけどね。

YOU:なるほど。

カンノ:あと、向井秀徳のやっていることもある種の価値転倒だと思っていて。それはロックサウンドに昭和の邦画の要素を入れてきてる人だなと思うの。

YOU:あぁ、そうだろうね。向井も日本の古い映画好きだし。

カンノ:たとえば向井秀徳が自身で撮っているMVとかね。テロップの出し方とかさ。『仁義なき戦い』の予告編みたいなテロップの出し方するじゃん。

YOU:そうだね。

カンノ:CIBICCOさんのMVとかそういう短編に思えるし。

カンノ:もともと存在するジャンルに別ジャンルを組み込むことは価値転倒だと思うの。クチロロだったらヒップホップにどう演劇要素を入れるのかとか。クチロロのメジャー後期はほぼ演劇だったから。

カンノ:たとえば劇団ままごとや東葛スポーツは、演劇フィールドのなかでどうヒップホップを組み込むかを実践していたと思うの。

(開始位置から東葛スポーツのパフォーマンス)

カンノ:これは本人たちがそう意図したとは思わないけど、僕からするとロマンによって価値固定されたものを皮肉る目線というか。

YOU:その考え方はおもしろいよね。価値っていう絶対的なものがあり、それをリスペクトしたうえで「こういう提示もあるよ」っていう表現のやり方ね。

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